関東、温泉と旅行記 | 小田原、箱根、湯河原方面 | 街道、宿場 | 神奈川県の史跡 | マップ |
![]() |
||||
![]() |
||||
|
||||
甘酒茶屋から先の石畳道 | ||||
![]() ![]() |
||||
甘酒茶屋から先の箱根旧街道筋は県道と平行して延びています、500m程進むと県道交差してまた石畳道となります、丁度右写真の先が県道との交差路です。 | ||||
|
||||
お玉ヶ池 | ||||
![]() |
||||
ここで少し街道筋を離れ、お玉ヶ池に寄ってみます、お玉ヶ池までは上記の県道との交差路から県道へ曲がり500m程です、このお玉ヶ池は江戸期の中頃にお玉と呼ぶ少女が江戸の奉公先を抜け出して伊豆の実家へ帰ろうとした際に通行手形が無い為に関所破りをしてしまいます、お玉は捕らえられて処刑されました、その時、この池でお玉の首を洗ったと言う伝説が残る池です。 | ||||
|
||||
白水坂、天ヶ石坂 | ||||
![]() ![]() |
||||
(白水坂) | ||||
石畳道へ戻り更に進みます、石畳道は白水坂、天ヶ石坂と登りが続きます。 | ||||
![]() ![]() |
||||
(天ヶ石坂) | ||||
さてここで少し箱根石畳道についてふれてみます、この辺りの石畳道の脇には石段の様な溝が設けられています、これは排水路で石畳に染みこんだ雨水を排水する為の溝です、箱根旧街道が開通する以前の街道筋は山頂や尾根を通されていた為に雨水が街道筋を流れる心配は有りませんでしたが箱根旧街道は山間の谷間に通された為に豪雨の際、雨水が川の様に街道を流れていました、箱根旧街道にはその雨水を排水する為の溝を設けたのです。 | ||||
![]() ![]() |
||||
(街道脇の排水路) | ||||
|
||||
元箱根 | ||||
![]() ![]() |
||||
箱根旧街道は権現坂を下り国道1号線と合流しまします、国道1号線を500m程進むと箱根神社の大鳥居脇に出ます、此処から元箱根の旅館街です、正面には芦ノ湖が広がっています。 富士山、箱根駒ケ岳も遠望できます。 | ||||
![]() ![]() |
||||
(箱根駒ケ岳) | ||||
|
||||
箱根神社 | ||||
![]() ![]() |
||||
少し街道筋を外れ箱根神社に寄ってみます、箱根神社は元箱根の旅館街から歩いて500m程です、箱根神社は奈良期の757年に万巻上人が里宮を創建したのがはじまりとしています、その後1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐において社殿は消失しましたが徳川家康が社領200石を与え社殿を創建したと云います。 | ||||
|
||||
箱根杉並木道 | ||||
![]() ![]() |
||||
大鳥居まで戻り国道1号線を進みます、300m程進むと箱根旧街道の杉並木道が現在も残っています、この杉並木道は高さ30m程有りそうな杉の大木が国道沿いに1km間植えられた並木道で幅2m程の旧街道遺構です、途中には一里塚の跡なども見えます。 | ||||
![]() ![]() |
||||
(一里塚跡) | ||||
|
||||
箱根の関所 | ||||
![]() ![]() |
||||
(江戸口御門) | ||||
杉並木道を抜けて国道を100m程進み右に曲がると箱根の関所跡です、現在は関所資料館として当時の関所の建物などが再現されています。 関所資料館へ江戸側の江戸口御門から中へ入ってみます、 |
||||
![]() ![]() |
||||
(足軽番所) | (大番所) | |||
江戸口御門をくぐると左に足軽の詰所である足軽番所、右に通行人の取り締まりを行う大番所が建っています、大番所の裏手(芦ノ湖の湖畔)は役人が待機する上番休息所で奥側が厩です、関所の建物群の上手(山側)には遠望を監視する為の遠見番所が設けられています。 | ||||
![]() ![]() |
||||
(上番休息所) | (厩) | |||
京都側の京口御門から関所資料館を抜けます。 | ||||
![]() ![]() |
||||
(遠見番所) | (京口番所) | |||
|
||||
御土産屋街 | ||||
![]() ![]() |
||||
京口御門を抜けると御土産屋街に出ます、箱根工芸品店、箱根そば屋などが建ち並んでいます、旧箱根宿を思わせる様相です。 | ||||
![]() ![]() |
||||
|
||||
![]() |
||||
関東、温泉と旅行記 | 小田原、箱根、湯河原方面 | |||